日本軍人評価 ~ユダヤ人を救った日本人~

ユダヤ人を救った日本人と聞けば誰しもが「杉原千畝」の名を思い浮かべることだろう。

しかし、裏にもう一人の功労者がいたことを知る日本人は少ない・・・・。

その名は「樋口季一郎」。最終階級は陸軍中将。

時は1940年のリトアニア、第二次大戦の真っ只中。ヨーロッパ方面のユダヤ人は、各地でナチスドイツの迫害を受けていた。これを見かねた杉原は、日本外務省に彼らの国外脱出のためのビザを発行するように打診。

しかし日本外務省の回答はNo

あきらめられない杉原は当時の松岡洋右外務大臣に直接発行を求めた

しかし「あの人」がOKをするわけもなくあえなく玉砕

そして同時期にソ連政府から「リトアニアを併合するため大使館を閉鎖する」と言う通告が・・・・・

そして彼は無断で発行することを決意し、ビザを発行した。

ソ連、本国からの立ち退き命令を無視し続け、妻とともに1ヶ月ビザを書き続けた。途中ビザの印紙がなくなっても、特別許可証(?)を出国するための列車を待ちながらも書き続けた。

こうしてユダヤ人数千人が国外へ避難できた。

編集中・・・

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お久しぶりです

どうも隈卦本です。

PCが調子悪くかなり長い間更新ができませんでした。

ほんとうに申し訳ないです

で早速記事を書きたいと思います

久間防衛大臣が原爆投下を「しょうがない」と発言したことについてです。

ニュースで聞いたときは耳を疑いました。

唯一の被爆国の人間として言っていい言葉なのでしょうか?

まして防衛大臣・・・・

意識が低すぎです

何万という人の死を「しょうがない」と言ったのと同じことです

人の死に「しょうがない」はあるのでしょうか?

もう一度歴史観を勉強すべきです

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南方の死闘~ニューギニア島~

ニューギニアでの戦いは凄惨を極め、約20万の日本軍のうち生きて再び故郷の土を踏んだのは約2万だったという。日本の大本営はニューギニアに4000m~5000m級の山々が在るとは知らずに無謀な行軍命令を出して多くの死者を出した。

日本軍のそういう甘さを露出させた戦いであった。

その中でも無謀な転進作戦をここで紹介したいと思う

『サラワケット越え』                                            

【転進前夜】

サラワケット山とは現地の言葉で「聖なる山」と言う意味で、なんと標高は4100mで赤道直下にもかかわらず、頂上では氷点下になる。

ラエで包囲されていた第51師団。師団長の中野英光 中将は部隊に玉砕を覚悟するように指示した。

そして玉砕戦の準備を行っていたところに玉砕を許さないとの司令部からの通達があった。

「キアリに転進せよ」

キアリとはラエから120km離れた町。

サラワケットを迂回して行くこともできたのでは?

それでは敵軍に襲われる危険性があると判断された。その上、日本軍の中で過去にサラワケット越えの偉業を成し遂げた者がいた。その人物が、兵隊の登れない道ではないと報告していたことが、おそらく司令部にサラワケット越えを決意させたひとつの要因だと考えられる。

(※)サラワケット越えを成し遂げた部隊は北本正路中尉ら50人の部隊。現地民の協力や、協力者に登山用具一式をもらったこと、北本中尉はオリンピック出場経験もある陸上選手ですばらしい健脚の持ち主だった・・・等々のことがあってはじめてなしえたことであり、とても重装備の、それも登山用具をろくに持たない兵士たちが登れる場所ではないと考えられる。

16日で越える予定、そして10日分の食糧。

そして地獄が始まる。

第51師団3,900名、他部隊2,100名、海軍2,500名、総勢8,500名。

【転進の様相】

9・12、第一陣が作戦開始。しかし15日、豪軍と遭遇し急遽、密林を伐採しながら進むことに。

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日本軍人評価 ~今村均 編~

編集中

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あの軍人のその後…河本大作 ~編~

河本大作(こうもと だいすけ)は張作霖爆殺事件の犯人として、有名です。

※張作霖爆殺事件とは?

1928年6月3日に関東軍が中国の軍閥(当時中国にはたくさん軍閥があった)の張作霖を電車に乗っている時に爆殺した事件。

日本では満州某重大事件と紹介され、昭和天皇は当時首相だった田中義一を呼びだし、しかりつけたと言われる。それが原因だかは知らないが、田中義一はその後持病が悪化し急死した。責任を感じたのか、これを最後に、天皇は政治に口は出さなくなった。

実行準備したのは藤井貞寿中尉で、現場指揮は東宮鉄男(かねお)中尉だった

藤井中尉は後にペリリュー島で戦死し、東宮中尉は後に上海で戦死した(二人とも戦死後大佐)

・・・・・・・・・・・編集中・・・・・・・・・・・・・

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靖国神社A級戦犯合祀問題

どうやら合祀には国が関与していたと言う。
靖国神社への戦没者合祀を巡り、当時の厚生省が合祀対象者の決定に深く関与していたことが、28日、国立国会図書館が公表した「新編 靖国神社問題資料集」で明らかになった。同省は戦犯などの合祀について神社側と頻繁に協議を重ね見解を述べていた…
(読売新聞3月29日朝刊より引用)

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